
「水道水からPFASが検出された」というニュースを見て、蛇口の水をそのまま飲んでも大丈夫なのか、少し気になった方もいるかもしれません。
実は日本では2026年4月から、PFASの中でも代表的な2つの物質、PFOSとPFOAについて、新しい水質基準が始まっています。この記事では、PFASとは何か、なぜ水道水で話題になっているのか、そして新しい基準が実際には何を意味するのかを、専門知識がなくても分かるように解説します。
この記事の要点
- 2026年4月1日から、PFOSとPFOAは日本の水道水質「基準」の対象になります(これまでは目安レベルの扱いでした)。
- 基準値は2つの物質を合わせて50 ng/L以下です。
- この基準値は「これを超えたら危険」という単純な境界線ではなく、健康リスク評価や曝露の想定に基づいて決められた管理上の目安です。
- PFASは活性炭やイオン交換、膜処理などの技術で除去できる場合がありますが、コストなどの課題も残っています。

1. PFASって何?
PFAS(ピーファス)は、水や油をはじく性質を持つ人工の化学物質のグループの総称です。フライパンのコーティングや衣類の防水加工など、身近な製品に幅広く使われてきました。
PFASが注目される大きな理由の一つは、非常に分解されにくいという性質です。土壌や水の中に入り込むと、自然にはほとんど分解されず、長期間そのまま残り続けます。これは「環境中での残留性」と呼べる性質です。
加えて、PFASの中にはPFOSやPFOAのように、体に取り込まれた後もなかなか排出されない物質があります。研究では、PFOSの血中半減期(体内の量が半分になるまでの期間)は平均5.4年、PFOAは3.8年と報告されています。つまり、環境中で分解されにくいことに加えて、体の中からも排出されにくいという、2つの意味での「残留性」があわさって、PFASは「永遠の化学物質(forever chemicals)」と呼ばれているのです。
2. なぜ水道水で問題になっている?
PFASが「最近になって突然出てきた問題」というわけではありません。国際的な研究では、日本を含む複数の国(中国・インド・アメリカ・カナダなど)で採取された水道水サンプルから、2006年から2008年という早い時期にすでにPFOSなどのPFASが検出されていたことが報告されています。
こうした結果は、PFASが工場排水や消火薬剤の使用などを通じて、知らないうちに広く環境中に行き渡り、地下水や河川といった水道水源にも入り込みうることを示しています。つまり、PFASは特定の場所だけの一時的な問題ではなく、水源の種類や地域の状況を踏まえながら、継続的に監視していく必要があるテーマだと言えます。
3. 2026年からの「50 ng/L」とは?
2026年4月1日、日本ではPFOSとPFOAについて、合計50 ng/L(0.00005 mg/L)以下という水質基準が正式に施行されます。
ここで大事なポイントがあります。実はこの「50 ng/L」という数字自体は、2026年に突然決まったものではありません。2020年4月から、厚生労働省(当時)はPFOS・PFOAを「水質管理目標設定項目」という区分に位置づけ、同じ50 ng/Lという値を暫定的な目標として設定していました。
2026年に変わるのは、この数字が「目安」の扱いから、水道事業者が法的に守らなければならない正式な「水質基準」へと格上げされるという点です。この改正は環境省令(令和7年6月30日公布)によるもので、水道水の検査もおおむね3か月に1回以上の頻度で行われるようになります。
ちなみにアメリカでも、2016年の時点でPFOAとPFOSについて70 ng/Lという目安が示されていました。ただし当時は法的拘束力のない「勧告」であり、その後2024年により厳しい正式な基準へと引き締められています(この点は7章で詳しく説明します)。
| 国・地域 | 対象物質 | 基準値 | 算出方式 | 施行/確定 | 重要な注記 |
|---|---|---|---|---|---|
| 日本 | PFOS + PFOA | 50 ng/L | 2物質の合計値 | 2026年4月1日施行 | 2020年から非拘束的な暫定目標値として同じ数値が存在していた |
| アメリカ | PFOA | 4 ng/L | 物質ごとの個別値 | 2024年に確定 | PFOS・PFHxS・PFNA・GenXなど他のPFASも個別または複合的に規制 |
| アメリカ | PFOS | 4 ng/L | 物質ごとの個別値 | 2024年に確定 | PFOAと同様、個別の基準値 |
日本とアメリカでは、対象物質の合算/個別という算出方式そのものが異なるため、基準値の数字だけを単純に比較して優劣を判断することはできません。
4. 実際にPFASはどれくらい見つかっている?
では、実際の調査ではどの程度PFASが検出されているのでしょうか。
日本国内では、2024年度に全国約4,000地点(河川・湖沼・海域・地下水)を対象とした水質調査が行われ、そのうち629地点で指針値(50 ng/L)を超えるPFOS・PFOAが検出されました。
海外の研究に目を向けると、2019年に発表されたレビュー論文(複数の研究や全国調査データを整理した論文)では、アメリカの全国調査データの中で、PFOSが最大7,000 ng/Lという濃度で検出された事例も報告されています。ただしこれは、報告された中でも特に高い、アメリカのデータにおける極端な事例です。多くの地点で同じような高濃度が検出されているわけではなく、一般的な検出濃度を示す数字ではありません。
こうした結果から分かるのは、PFASの問題は単に「検出されたかどうか」だけでなく、どこで、どの程度の濃度が確認されているのかを継続的に把握していくことが重要だということです。
5. 地下水と表流水では違いがある?
PFASの検出状況には、水源の種類による違いも報告されています。
日本の全国調査では、基準を超えた629地点のうち、約79%にあたる496地点が地下水でした。一方、先ほど紹介した2019年のレビュー論文でも、アメリカのデータでPFASの検出事例の72%が地下水を水源とするシステムで発生していたと報告されています。同じ論文では、検出されたPFAS全体を合計した濃度で見ても、地下水(平均210 ng/L)は表流水(平均90 ng/L)より高い傾向があったことも示されています。
国も調査時期も異なるこれら2つのデータが、どちらも「地下水の方が検出されやすい」という同じ方向を示している点は、興味深い一致と言えるでしょう。ただし、調査対象や時期が異なるデータを単純に一つの傾向として重ね合わせすぎないよう、あくまで参考情報として捉えることが大切です。

6. PFASは水道処理で除去できる?

「PFASが検出された」と聞くと不安になるかもしれませんが、浄水処理でPFASを取り除く技術は存在します。
先ほどのレビュー論文では、逆浸透膜(RO)やナノろ過膜(NF)といった、非常に細かい膜を使ってPFASなどの物質を分離する高圧膜処理について、90%を超える除去率が報告された例がまとめられています。ただし、こうした高度な処理には相応のコストとエネルギーが必要で、処理の過程で生じる濃縮された排水の処分にも課題があると指摘されています。つまり、「除去できる技術がある」ことと「どこでも簡単・低コストで導入できる」こととは別の話です。
一方、別の研究レビュー(2014年発表)では、通常の塩素消毒やオゾン処理といった一般的な浄水方法では、PFASはほとんど除去できないことも指摘されています。PFASの除去には、以下のような専用の処理技術が使われます。
- GAC(粒状活性炭): 炭の粒にPFASを吸着させて取り除く方法。効果はありますが、吸着できる量には限りがあり、定期的な交換や再生が必要です。
- イオン交換: PFASを専用の樹脂に捕まえて取り除く方法。選択性が高く効果が期待されていますが、浄水場での実用例はまだ多くありません。
- RO・NF(高圧膜処理): 上で説明した、非常に細かい膜でPFASを分離する方法。除去率は高い一方、コストや排水処理の課題があります。
それぞれの方法に得意・不得意があり、「これさえ使えば万能」という単一の解決策があるわけではない、というのが現状です。
| 技術 | 仕組み | 強み | 限界 |
|---|---|---|---|
| 粒状活性炭(GAC) | PFASを活性炭の粒に吸着させる | 効果が確認されている | 吸着量に限りがあり、定期的な交換・再生が必要 |
| イオン交換 | 専用の樹脂でPFASを捕捉する | 選択性が高い | 浄水場での実用例はまだ多くない |
| RO・NF(高圧膜処理) | 非常に細かい膜でPFASを分離する | 90%を超える除去率が報告された例あり | コスト・エネルギーが必要、濃縮排水の処分に課題 |
「90%を超える除去率」は報告された例であり、常に達成される保証ではありません。GAC・イオン交換については、具体的な除去率の数値は報告されていません。
7. 50 ng/Lをどう理解すればいい?
ここが、この記事で一番伝えたいポイントです。
50 ng/Lという基準値は、「これを下回れば完全に安全」「これを超えたら直ちに健康に影響が出る」という単純な境界線ではありません。
日本の食品安全委員会は2024年6月、PFOSとPFOAについて「耐容一日摂取量(TDI)」を設定しました。TDIとは、人が一生涯にわたって摂取し続けても、健康への影響が出ないと推定される、体重1kgあたりの1日あたりの摂取量の目安です(具体的にはPFOS・PFOAともに、体重1kgあたり1日20ナノグラムとされています)。水質基準の50 ng/Lは、このTDIそのものではなく、TDIなどのリスク評価や、人がどの程度水を飲むかという曝露の想定を踏まえて、政策的に定められた管理上の値です。つまり「TDI」と「水質基準」は、似ているようで別の考え方に基づく数字だという点を押さえておくと理解しやすくなります。
なお、食品安全委員会は同時に、PFHxSという別のPFASについては、評価に十分な科学的知見がまだ得られていないと判断しています。PFOS・PFOA以外の物質については、まだ分かっていないことも多いのが実情です。
海外との比較についても、慎重な理解が必要です。アメリカでは2024年、PFOAとPFOSについて、それぞれ個別に4 ng/L(4 ppt)という基準が確定しました。「日本は50、アメリカは4」という数字だけを見ると、アメリカの方が厳しく安全な基準に見えるかもしれません。しかし両者は、PFOSとPFOAを合算するか個別に見るかという算出方法自体が異なり、さらにアメリカの基準はPFHxSやGenXなど他のPFASを含めた複合的なリスク評価の仕組みも併せ持っています。単純に数字の大小だけでどちらが安全かを判定できるものではなく、それぞれの国が異なる規制の枠組みと考え方に基づいて基準を設計している、と理解するのが適切です。
8. これからどんな対策・研究が必要?
ここまで見てきたように、PFASについては分かってきたことがある一方で、まだ解明されていないことも数多く残っています。PFOS・PFOA以外の多くのPFASについては、健康影響の評価すらこれからという段階のものが少なくありません。
今後も、国内外での継続的なモニタリング(監視)、より効率的で導入しやすい浄水処理技術の開発、そしてPFOS・PFOA以外の物質を含めた科学的な知見の蓄積が重要になっていくと考えられます。
PFASは一度に解決できる問題ではなく、研究の進展や技術の向上とあわせて、少しずつ理解と対策を積み重ねていくべきテーマだと言えるでしょう。
なお、家庭でできる具体的な対策や、お住まいの地域の水質については、浄水器の性能や自治体・水道事業者が公表する検査結果によって異なるため、この記事では詳しく取り上げていません。気になる場合は、そうした情報源を確認することをおすすめします。
よくある質問
- Q. PFASとは何ですか?
- 水や油をはじく性質を持つ、分解されにくい人工の化学物質グループの総称です。フライパンのコーティングや防水加工など、身近な製品に使われてきました。
- Q. 50 ng/Lという基準値は、どう理解すればいいですか?
- 50 ng/Lは、それ以下なら絶対安全、超えたら直ちに危険という境界ではありません。水道水を管理するために設定された基準として理解することが重要です。
- Q. 日本とアメリカで基準が違うのはなぜですか?
- 日本はPFOSとPFOAの合計値で基準を設定しているのに対し、アメリカはそれぞれを個別の値で規制しているなど、算出方法や規制の枠組み自体が異なるためです。単純な数字の大小だけで比較できるものではありません。
- Q. PFASは水道処理で除去できますか?
- 高圧膜処理(RO・NF)などの技術で90%を超える除去率が報告されている一方、コストや維持管理面の課題も指摘されています。従来の一般的な浄水処理(塩素消毒など)ではほとんど除去できないとされています。
まとめ
出典
- 水道水質基準の改正について(PFOS及びPFOAの追加) — 厚生労働省/環境省(水道整備・管理行政移管後)
- 「有機フッ素化合物(PFAS)」の食品健康影響評価 — 内閣府 食品安全委員会
- 令和6年度公共用水域水質測定結果及び地下水質測定結果について — 環境省
- PFAS National Primary Drinking Water Regulation — US EPA
- Occurrence of Per- and Polyfluoroalkyl Substances (PFAS) in Source Water and Their Treatment in Drinking Water — Crone, Speth, Wahman, Smith, Abulikemu, Kleiner, Pressman (2019)
- Behaviour and fate of perfluoroalkyl and polyfluoroalkyl substance (PFAS) characteristics, their occurrence in surface water, and their fate in drinking water treatment processes — Rahman, Peldszus, Anderson — Water Research 50, 318-340 (2014)
- Perfluorinated Compounds in Tap Water from China and Several Other Countries — Mak et al. — Environmental Science & Technology 43(13), 4824-4829 (2009)
用語集
- PFAS(ピーファス)
- 水や油をはじく性質を持つ人工の化学物質のグループの総称。フライパンのコーティングや衣類の防水加工など、身近な製品に幅広く使われてきた。
- 永遠の化学物質(forever chemicals)
- 環境中で分解されにくく、体内からも排出されにくいという2つの意味での残留性を併せ持つことから、PFASに対して使われる呼び名。
- 指針値
- 2026年4月1日の水質基準施行前、PFOS・PFOAについて「水質管理目標設定項目」として設定されていた非拘束的な目安の数値(50 ng/L)。
- 水質基準
- 2026年4月1日から、PFOS・PFOAについて水道事業者が法的に守らなければならない正式な基準。合計50 ng/L以下。
- 耐容一日摂取量(TDI)
- 人が一生涯にわたって摂取し続けても、健康への影響が出ないと推定される、体重1kgあたりの1日あたりの摂取量の目安。
- GAC(粒状活性炭)
- 炭の粒にPFASを吸着させて取り除く浄水処理方法。効果はあるが、吸着できる量には限りがあり、定期的な交換や再生が必要。
- イオン交換
- PFASを専用の樹脂に捕まえて取り除く浄水処理方法。選択性が高く効果が期待されているが、浄水場での実用例はまだ多くない。
- RO・NF(高圧膜処理)
- 非常に細かい膜でPFASを分離する浄水処理方法。除去率は高い一方、コストや排水処理の課題がある。
次にできること